『本心 平野啓一郎』を読んでー「本心というものを疑う物語」だった

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今回は『本心 平野啓一郎』を読んだのでその本のことを書いてみようと思います。

この本の主題は、「母親が自由死を選んだ本心はなんであるか」

ということを解き明かす物語なのかなと、私は思っていました。

しかし、そうではなく「本心」そのものを考える本であったのではないかと感じました。

そのことについて少し考えたことを書いてみようと思います。

この本のあらすじ(平野啓一郎のHPより引用)

作者の平野啓一郎さんのHPからあらすじを引用すると、

舞台は、「自由死」が合法化された近未来の日本。最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子は、「自由死」を望んだ母の、<本心>を探ろうとする。

母の友人だった女性、かつて交際関係のあった老作家…。それらの人たちから語られる、まったく知らなかった母のもう一つの顔。

さらには、母が自分に隠していた衝撃の事実を知る── 。

とあります。

母の職場の同僚の三好彩花、そして、ネット内で有名なイフィーとの関わりが

重要なポイントであると思いました。

今回は、この二人と主人公朔也の関係性から織りなされる出来事から、

「本心」とは一体なんであるか

を考えようと思います。

母の自由死を選んだ本心

この話で、主人公朔也の母は自由死を選択していました。

どうしてそうしたのかということは母本人からは深く語られません。

ただ「もう十分生きたから」と言われただけなのです。

しかし実際には、朔也の母は突然事故で死んでしまうのです。

母との突然の別れをした朔也は、「母親の本心」を知りたい。

朔也は、母の自由死について知っている二人に出会うことにします。

一人めは医師冨田。彼の推測では、

朔也に母親がお金を遺そうとした自由死ではないかと

いわれます。

二人めは母親の職場の同僚の三好彩花。

彼女は、母親が朗らかな顔で「もう十分」ということを何度か聞いていたし、

母親が一番心配していたのは朔也のことだった、

そして、朔也の父のことも知っているか聞かれる。

こうした、母を知っている人の話を聞きながら、母の本心を探ろうとするけれども、

決してそこには到達できません。

こうして、本書を読み進めていくと、私の考えが変わってきて、

そもそも「その本心」というものが実際にあるのだろうか

という気にすらなってきました。

なぜなら、医師の冨田さんの話を聞いても、

三好さんがいった、母の表情と共に証言された内容ですら、

朔也自身は納得しきれていない感じです。

もちろん三好さんが見た母の表情も、三好さんの偏りがあった可能性もあります。

そうして考えていくと、「本心」なんて、本人以外にわかるはずもないのかもしれません。

もしかしたら、三好さんは「朗らかに言っていた」と言っていたけれども、

それ自体、母が演じていたことであって、もしかすると心の奥底では、

朗らかな感情などではなかったかもしれません。

そう考えると、一体何が本心なのかわからなくなりました。

本心は自分だけが知っているもの?!(ネタバレを含む)

私は先ほど書いたように「本心は自分以外にわかるはずがない」と書きました。

しかし、これ自体も本当にそうであるのだろうかと疑問が湧きます

本書の話が展開していく中で、朔也は三好彩花に好意を抱くようになります。

しかしながら、朔也は彼女から、彼女の過去の男性に関するトラウマを聞いていていました。

だからこそ彼は三好さんへのその気持ちをださないようにしています。

そのような中、途中から二人の関係の中に入ってくるイフィーという自分がいます。

3人の関係は友人のような形で深まっていくのですが、イフィーが彩花に好意を抱き、

告白していいのかと朔也に聞きます。朔也はいいというけれども、

彼はどうしようもない気持ちに苛まれてしまいます。

このシーンで、

自分の本心も実際はきちんと決まったものではなく、

揺れ動き、自分自身でもわからないものではないか

と推測しました。

実際、私も自分がどうしたらいいのかわからなかったり、

自分の本心が見えないことはあります。

そのようなことから、

本心」は自分さえも理解できないものではないのではないか

と思ったのです。

もしかすると、

自分が「本心」だと思っていることにも、それなりの意味づけをしたり、

理由をつけたりして、それを「本心」と思い込んでいるのかもしれません。

また感情は常に揺れ動くものです。だとすると状況によって変わるのも当然でしょう。

だから、

これが「本心だ」といっていることも、刹那的なものに過ぎないと言えるのではないでしょうか。

だとすると、

本心は、

決して固定されたものではなく、常に揺れ動いているものである。

後から意味づけをすることで固定しているように思っている。

自分が本心だと思っていることは一瞬的なものなのかもしれません。

ここから、私はこの物語は母の本心を知ろうとする物語だと思っていましたが、

もしかすると「本心」それ自体を考え、それ自体が謎であるということがかかれていたのでは

ないかと思いました。

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