今回は、『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学 今井むつみ』を読みました。
そこで出ていた言葉「スキーマ」という言葉がありました。
その説明などを読んでいて、そのイメージって、「OS」だと思いました。
そして、先日見た映画『箱の中の羊』で、この「スキーマ」の視点がいくつかあるなと思い、
そのことを紐づけて、
前編「本から学んだこと」、後編「映画に繋がったこと」を書いてみようと思います。
スキーマとは
今井むつみ先生の本『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』では
「スキーマ」とは以下のように書かれています。
スキーマとは、経験を一般化・抽象化してつくった、暗黙の知識のことです。
言い換えれば人が無意識に持つ知識であり、知識の枠組みでもあります。
つまり、一人ひとりが異なる経験から形成した、その人固有の知識の枠組みだと思います。
そして、それは例えるなら「個人個人がもっているOS」ではないかと思いました。
しかもそれはコンピュータとは異なり、
自らが身体性をもって体験し、その蓄積からできあがるものであり、
常にアップデートしていけるそういう有機的なもの
だと思いました。
だからこそ、人それぞれがインストールしているOSが異なるため、
考えることも異なるし、
そのOSを使用したまま、いろんな体験経験をすることで、
その視点でのアップデートが行われるということになると思います。
だからこそ、同じものを見たとしても異なる見え方が行われている。
このようなイメージで捉えました。
神聖な価値観とはOSのコア部分
本書ではさらに「神聖な価値観」という言葉が出てきます。
それは
~選択や意思の決定は、多くの場合で最初に感情で、端的に言えば「好きか嫌いか」で判断し、
その後、「論理的な理由」を後づけしているに過ぎないことがわかっている。
この、「どのように行動するべきかの価値観」であり、「物事を単純化するためのツール」こそが
「神聖な価値観」である。
とあります。
さきほどの私のOSの例に、この考えをはめこむとすると、
神聖な価値観はOSのコアな部分であり、経験などで大きく変わることのないものである
と考えました。
人間を人間が創った機械に例えるのも変な感じはしますが、
こうして整理してみると、
人が自分たちのOSで物事を経験し考えている
そしてそれらは、体験からくる感情によってアップデートできる
OSが揺るがない部分、つまり神聖な価値観であり、それも感情できめられている。
となると思います。
もちろん、人間はコンピュータではありません。
OSという表現はあくまでもイメージをつかむための比喩です。
しかし、人が無意識の知識の枠組みを通して世界を見ているという点では、
OSという存在はスキーマを理解する上で分かりやすい例えのように思いました。
そして非常に面白いなと思いました。
コミュケーションの奇跡と不思議
また本書では、
自分のスキーマを通して相手の話を聞いたり、選んだ情報にしか注目しない、
そして神聖な価値観を通して、勝手に解釈をおこなっている。
これをデフォルトとしてコミュニケーションを行なっていると書かれています。
だからこそ会話がうまく行かないことも当たり前であると。
逆にコミュニケーションに齟齬がありながらも、コミュニケーションをなんとかやっている
ということに奇跡な感じ、そして不思議さを感じます。
それと同時に、それらのことが前提なんだから、うまくコミュニケーションできなくても「当然だよ」
というような優しいニュアンスも感じ取れたりします。
そして、それを知っているだけで、相手に寛容になれるかもしれません。
そもそも私たちは異なっているんだから、簡単には分かり合えないよね。
そこからスタートしようよといわれているような気がします。

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