今回、私は『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』赤根智子という本を読みました。
そのきっかけはテレビであることを知ったからです。
それは、
・国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長がロシアのプーチン大統領に対する逮捕状の発付
に関与したことへの対抗措置として、ロシア内務省から指名手配されていたこと、
・米国のトランプ政権による制裁対象に指定されたためクレジットカード、メールなどを
使用できないようになっている
ことでした。
またその中でも印象的だったのは、赤根智子所長の強い意志の感じられる言葉でした。
その赤根智子さんという人を知りたい、そして、ICCというものを知りたいという思いに至りました。
私は、このテレビをみるまで、国際刑事裁判所(ICC)というものがあり、
どのようなことをしているのか全く知りませんでした。
そして赤根智子所長がどのような方かも存じ上げませんでした。
そのような中で、赤根さん自身が書かれた本を見つけぜひ読んでみなければとなりました。
そこから感じたこと、考えたことを書いてみようと思います。
国際刑事裁判所(ICC)とは
私が本書をよんでわかったことは
・ICCは、戦争犯罪や人道に対する犯罪などを行った個人を、ローマ規程(「国際刑事裁判所に関するローマ規定」)による国際的法枠組みにもとづいて訴追・処罰を使命とする裁判所であるP12
・メンバー国としては、ローマ規程に入った締約国125カ国、地域である
・アメリカ、中国、ロシア、イスラエルはローマ規程の締約国ではない。
ただし、非締約国の国民であっても、締約国の領域内で犯罪が行われた場合など、
一定の条件を満たせばICCの管轄対象になり得るということ
・ICCは主権国家とは異なり、警察のような強制的に執行できる機関を持つことはできない。
そのため、被疑者の身柄を拘束するためには、締約国をはじめとした各国の協力が必要になる。
そして締約国にはそれにまつわる措置を取る義務がローマ規程により課せられている。
ということが書かれていました。
そのようなICCですが、ICCが最大の問題に直面しているのだと言います。
それが、「アメリカの制裁」だとあります。
この制裁が強くなれば、ICCの存続の危機にまでなるとのことが書かれてありました。
ICCが設立された歴史としては、第二次世界大戦終結のニュルンベルク裁判、東京裁判、
旧ユーゴスラビア国際刑事法廷、ルワンダ国際刑事法廷など、様々な積み重ねの上で
誕生したようです。もしも、ICCが存続できないとなれば、
「法の支配」のもとで正しく裁判をすることによって、平和を構築しようとしてきた戦後の歴史
を無に帰してしまうということが書かれてありました。
(以上の情報は本書が書かれた2025年6月のことです)
法のことを知らない私が考えたこと
ここから、法のことを知らない私が、素人の視点で考えた単純な疑問などを書いてみようと思います。
私が感じたことは、ICCが色々な歴史の中で積み上げてきた、政治的な支配ではなく、
「法の支配」という独立性、中立性を保ち判断するというありように、すごい重みを感じました。
日本では、社会の授業でも習うように「法の支配」が当たり前とされている世界です。
しかし、世界にはそういうことが成り立たない世界もある。だからこそ、世界での「法の支配」
というもの徹底した機関があることが重要であるのだと理解しました。
それと同時に、素人目での勝手な懸念もありました。
それは、
・それらは締約国という参加型のものであり、強制力も弱いということ、
・被疑者の身柄の引き渡しを、締約国に義務付けられている
という部分です。
特に「被疑者の身柄の引き渡しを、締約国に義務付けられている」というのは
簡単にできることではないように感じました。
私の勝手なイメージをアニメドラえもんで例えてみようと思います。
ジャイアンが被疑者となり、のび太の国にやってきたとします。のび太の国はICCの締約国です。
その場合、のび太はジャイアンをICCに引き渡すことができるのでしょうか。
もちろん、これは単純化した例えです。実際には、法的な手続きやさまざまな条件があります。
しかし、ジャイアンとのび太の力関係の中で、大きな力を持っている人に対して、
何か行動を起こすことはかなりのパワーがいること、困難を伴うことだろうと素人ながら考えました。
法によって義務が定められていても、それを実際に実行することは、必ずしも簡単ではありません。
特に、相手が大きな力を持っている場合には、なおさらではないでしょうか。
そんなことを考えるうちに、私は改めて「法」とは何なのだろう、
そして、これが絶対的に正しいというものがあるのか、という疑問を持ちました。
(これらについては別のブログで考えてみたいと思います。)
そうしたことを考えながら、一方で赤根智子さんのインタビューを思うのです。
「私が死んでも裁判官の代わりはいる」
「ICCは屈しない」という言葉を聞きました。
彼女の言葉は非常に強いものを感じました。
では、法律に対してこれほど強い信念を持つということは、どういうことなのだろう。
私はここで、以前から自分の中にあった「法は人間をどこまで捉えることができるのだろう」
という疑問を思い出しました。
法には、一定の基準が必要です。けれど、人間はそんなに単純に割り切れるものでもありません。
そんなことを考えながら、私は次に、赤根さん自身がどのような人なのかを知りたくなりました。
次回はそうした赤根智子所長の人柄を、本書から感じたことを書いてみようと思います。
そして私の「法は人間をどこまで捉えることができるのだろう」という答えに
一つ近づけるのではないかと思います。

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