私が小学生だったのは、すでに何十年前のことです。
今回はそんな小学校を思い出させる「小学校~それは小さな会社~」を観ました。
小学校のことを忘れていた部分もありますが、こんな感じだったなと思い出したりしました。
小学生の時の私は小学校に何も違和感を感じることもなく、楽しく過ごしていたと思います。
しかし、小学生から数十年経った私は今回映画を観て、いくつか「違和感」を感じました。
時間が経った私が観て感じた違和感が一体何であり、そこから考えたことを書いてみようと思います。
映画を見て何度も出る言葉たち
今回映画を観ていて、私が何度か聞いた言葉それを以下にあげてみます。
「責任」
「静かに」「喋らず」
「努力」「成長」
「時間通り」
ということばです。
こうして並べてみたら、なんだか日本らしいなという感じがしませんか?
ステレオタイプではありますが、日本や日本人を表現するとこんな言葉出てきそうです。
こうした言葉は、小学校から頻繁に子どもたちが聞き、実践させられている考え方なのだ
と改めて理解しました。
実際、私は学校の中で少し作業する機会があるのですが、先生たちは、「静かに」ということ、
それを非常に重点的に指導している感じを受けます。
ですので映画だけの話というよりは、小学校全体がそういう動きなのだと思います。
この映画の中で感じた私の違和感
今回見た映画で、私が感じた違和感をいくらかあげてみたいと思います。
1、子供達が小学校に入る前から、大人たちがしっかりと躾をしている
(靴を並べるとか給食を運べるようにするなど)
2、静かに静かにと言われていること
3、時間通りにきっちりと動いていること
(給食の時間時計が大きく画面に写されていて、時間になったらアラームが鳴るなど)
4、子供達は先生のふわっとした言葉や感情の言葉で動かされているような気がする。
(からを破る、熱い思い、責任、努力、成長、協力、一体化、、強い気持ちを持って、
答えありきの質問をするなど)
5、靴箱の靴の揃え方
(子どもたちが子どもたちの靴箱のチェックをし評価している)
6、責任という言葉、個人でできるようにする在り方
ここで違和感としてあげたものは、私が小学校の時もきっと行われていて、
私が小学生の時、違和感なんて考えないでしたがってやっていたことだと思います。
しかし大人になった私は違和感を感じてしまった。
時がたった私はどうして違和感を感じたのでしょうか。
違和感を感じたことを分解
先ほどの違和感を自分の言葉で分解すると
1、学校できちんとできるための家での教育
2、子どもたちのちょっとした気持ちも言えないような「静かに」のあり方
3、機械のように動かなければならない時間通りの在り方
4、先生たちの無意識の価値観を子どもに伝えているような感覚、
何をどうすればいいのかわかりにくい言葉たち、
5、私の感覚からすると異常なまでの靴の整理整頓
6、周りに頼ることよりも、個人がどう責任を持つのかという自己責任論に通じるのではないか
でした。さらにそれらをまとめると、
はじめにあげた映画の中で何度も出てきた言葉=日本の特徴を表す言葉たち、
そのものだと思いました。
そしてそれに対して、私が何かしらの違和感や苦しさを感じているからなのかなと思います。
例えば、1、小学校に入る前に親が指導する心理の裏には、
周りに迷惑をかけないようにだとか、周りと歩調を合わせなければならない
というようなある種の同調圧力を感じているからではないかと思います。
また、4、先生たちのふわっとした言葉や先生の恣意的な質問(に見えたもの)も
今の社会の「空気を読む」というような形のあり方と同じように感じました。
これは学校という場所が、映画の副題でもある「小さな社会」、として機能し、
ひいてはそれが「日本という社会」を作り上げる場でもあるのだと思いました。
これらは日本だから必要なことなのかも?!
私は少し批判的な感じで書いてきました。
しかし、これらは日本では必要なあり方でもあるのではないかとも思いました。
それは、映画の「避難訓練をしている場面」を見てそう感じました。
校長先生も避難訓練の言葉でも、日頃から整理整頓の重要性を述べられていました。
そこから私は理解しました。
日本は災害の多い国です。だからこそ、皆が秩序を保ち、指示に従える状態を常に作っておく必要が
あるからではないかと思いました。
学校であれば尚更、大人数の子供達が安全に避難できることが重要です。
だからこそ、日々の生活の中でも、秩序や時間厳守、話をしないで素早く対応、
また周りの空気を読んで行動するなどいうことも必要な部分であると思いました。
一番違和感を感じているのは先生であるだろう
今まで私の違和感ばかりを書いてきましたが、
何よりも違和感を感じているのは先生たち自身なのかもしれません。
実際映画の中で、先生の言葉
「自由と規律、いつも平均台の上を歩いているようなすごいバランスの上で仕事をやっているな」
というのがありました。そうだよなと深く納得しました。
現場の先生が一番その違和感を感じながら、葛藤の中で行っているのだろうと思います。
私ができることは
違和感を感じながらも、単純にそれが全て悪いとかで判断することはできません。
ただ、やはりそうした違和感の周辺には、子どもたちが本心からやりたいと思ってるのか、
という問題があります。
ちょっとした感想を言えるということは、子どもにとって自然で大切な営みであるはずだけど、
決められた時にしか発言できないどこか息苦しさのようなものを感じました。
そして、学校でのこうした日々の積み重ね生活が、そのまま社会や日本を作り上げている
ということは、意識しておく必要があるのではないかと思います。
それと同時に、学校だけに教育を任せるスタンスではなく、家庭の中でも感じたことや
考えを共有することが大切だと改めて感じました。
子どもたちは学校だけで育つのではなく、さまざまな循環の中で影響を受けて成長していきます。
その中で何を感じ、どう考えるのかを支えることが、自分にできる関わりなのかもしれません。

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