『フィンランドの高校生が学んでいる人生を変える教養 岩竹美加子』を読んで知ったこと

本を読んでいるすがた ブログ

以前私が書いたブログの中で鍛えたい力として

自分自身の軸を持つことー倫理観

情報を自ら選択して選ぶこと

クリティカルシンキング

だと書いたことがあります。

これらのことを、なんとフィンランドでは高校生が学んでいる、ということを知りました。

それを知るきっかけになったのは

『フィンランドの高校生が学んでいる 人生を変える教養 岩竹美加子』

という本です。

本の軽い紹介

この本によると、

フィンランドで行われている「人生観の知識」という選択科目、

それは宗教の代わりとなる科目として、小学校から高校まで選択することができる科目で、

日本でいう「道徳」に相当する科目、

があるようです。

本書は、その「人生観の知識」で使用される教科書

(これもオンライン教科書で現在の問題や時事問題に対し追加や修正が容易なもの、

このこと自体もびっくりです)をもとに、

どのようなことをフィンランド高校生が学んでいるのか、フィンランドの教育や思想、

なんなら私も高校生気分でその内容を深く理解できる本です。

今回はこの本から学んだことから、

フィンランドの教育のあり方やびっくりすること

日本の教育のあり方と比較して、そこから見えた日本の教育のあり方

実際に自分ではどのようにそれを取り入れることができるのか

などを考えて書いてみようと思っています。

フィンランドの教育のあり方とは

まず前提として、フィンランドの教育の姿勢というかあり方として

本書から引用してみると

フィンランドでは、高校までにいかに学ぶかを学び、その後は自立した学習者として生涯学んでいくという考え方が基本だ8

という著者の言葉が書かれています。

この辺りは日本と異なるような気がします。

私の個人的な印象ですが日本では、

特に答えのある問題を解くことの重点がある

学校と呼ばれるところを卒業したら学ぶことは終了というイメージ

があるように思います。

現在は大人の学びやリカレント教育という言葉を耳にすることもあるので、

だんだんと変化しているかもしれません。しかしそのような言葉がクローズアップされることは

裏を返せば、それくらい特別なことと言えるかもしれません。

ここからわかることは、フィンランドの教育、今回でいえば「人生観の知識」は

その教科の知識を学ぶという姿勢ではなく、「自分自身の答えを探すための視点を提供する」という

考え方、ヒントのような位置付けであるというよう思います。

つまり、良きガイドのような役割であると考えられます。

だからこそ、フィンランドの学校での学びが、

自分の考えを深めたり、これら先に生かされていくような広がりのある

印象を受けるのだと思います。

私が注目したフィンランドの「人生観の知識」の授業の姿

さらに本を読み進めていくと、フィンランドの教育のあり方を支えるのに、

特徴的だと感じた部分がありました。

その特徴を書いてみると

自分の人生を自ら考えること

横断的な学び

社会的な存在としての自分を理解すること

他人を尊重した対話を重視とした授業

ではないかと思います。

「自分の人生を自ら考えること」とはどういうことかというと、

「人生観の知識」で取り上げられている課題が、まさにそれであということなのです。

わかりにくいので具体例をあげると

「私とは誰か」「良い人生とは何か」「社会とはどうあるのが良いのか」

「私たちは何を知ることができるか」「何を学び、どのように生きていくのか」

といった問いです.

哲学的な問いですよね。答えがない問題です。

これは、否応なく、自分と向き合い、自分自身のことを考えることになります。

私自身の高校生の時を振り返ってみると、このようなことを考えていたのか、全く記憶にありません。

本当に脱帽しかありませんね。

しかし、このような課題を一人で考えるには難しいし手掛かりもない。

だからこそ、この授業で、考えるヒントや考え方を教えてくれているのです。

これは私も知りたい。本書に取り上げられている教科書の内容を読んでみると、それだけでも非常に

勉強になります。

何よりも特徴的だと思ったのが、「横断的な学び」です。

幅広い学問と知識(人類学、哲学、心理学、生物学、歴史、地理学、歴史、文化、アート、教育学、

社会学、メディア研究、ジェンダー研究など)、またユーチューブや社会と繋がっているようなHP

といった教育というような枠組みを超えた地続きであり、今まさに行われている事柄から、学んでいる

といった印象です。

これは、教科書だけで完結してしまうような問題ではなく、

これら自分が生きていくためにどのように考えれば良いかという、

その過程をしっかりと学べているように思います。

そして、それらを生徒同士で「相手を尊重した対話を重視」し、その体験を通して、

色々な考えをみんなが持っているということ、そしてそれらの共通項を見つけ、

共同するというスタンスを学んでいるようです。

具体的に良い対話に必要なことも書かれてありました。

これは大人になってからも、自分とは異なる他者とわかりあうためには必要な力であるので、

ずっと使える力だで必要だと感じます。

さらに、本書では何度も出てきていたのですが、「社会的な存在としての自分を考えること」

というようなことが言われています。西洋の考えとして、個人主義が強い印象ですが、

その個人もあくまでも社会の中の一員であるという考え方です。

例えば以下本書より引用

個人の要求を満たす際には、他人に危害を与えたり、その権利を侵害したりしないものでなければならい。個人はコミュニティ(共同体)の一員であるため、どのような統治が望ましいか、どの程度、自分要求と他人の要求に折り合いをつけるかを、自分一人で決めることはできない。272

とあります。さらにどのようなことができるのかというようなことも書かれてあり、

自分たちが社会の中の個人であることを実感させる内容になっているのも興味がありました。

以上のことだけでもフィンランドでは、知識を与えられ、それを記憶したりその知識を使用するという

教えられ方というよりは、本質的なことを教えてもらったり、実践しているような印象を持ちました。

さらなる気づき

これまで見たことで、いくつか自分が読んだ別の本に似たようなことが書いてあるなと思ったことを思い出しました。

それはマレーシアの学校のことなどが書かれている『子どもが教育を選ぶ時代へ 野本響子』の本

また対話の重要性という文脈で、本ではないですが哲学者の苫野一徳先生のお話などに通ずるものが

あると思いました。なのでこれらの本やお話も踏まえながら、さらに考えを深めていければと考えています。

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