夏休みを振り返ってー夏休み憂鬱な親がやったことと考察

スイカのアイス ブログ

前回は、小学生の子供を持つ私が、夏休みがなぜ憂鬱なのか憂鬱な理由を挙げてみました。

では、実際この夏をどのように乗り切ったのか、私が取り組んだこと

またそんな中でも子供に見られた成長を描いてみようともいます。

これで私の気持ちが少しだけ、楽になったような気がします。

ここにそれを記し、来年につながるようにしようと思います。

お付き合いください。

憂鬱を乗り越えるために実際に自分がやったこと

前回書いたように、私が憂鬱な理由として

家事が増えることをあげていました。

具体的にはご飯を作る、その後の皿洗いといったこと。

そして子供達の生活面に関してです。例えばゲーム、YouTube三昧も懸念です。

これら全て、まとめてみると、私自身のやることが増えること、

それによって自分が乱れてしまうということがわかりました。

だからこそこれを解決する策として

私の心を安定させるようにする

細かいことまで考えない

を中心に置きました。(なんじゃそれ、って答えですが)

具体的に

自分たちのお皿は自分たちで洗うようにルール作りをした。

昼ごはんはメニューを固定したり、お惣菜を購入するなどした。

外に連れ出すようにしたり、ボードゲームをしたりした。

宿題は細かく見過ぎないようにした。

家事に関して〜細かいことは気にしない、自分のお皿は洗おうね〜

お昼ご飯をどうするか、栄養の偏りはどうだとか、結局あれこれと考えるのが辛い。

そんなことは気にしない。お腹が満たされていたオッケーをゴールにしました。

栄養はかなり必要だけれども、自分がこれを考えることでイライラしたり、

気分が滅入るくらいなら、もうこの部分は無理しないようにしようと、決めました。

そうすると、かなり気分は楽になりました。また逆に、気持ちに余裕がある時は、

栄養のことを考えたり、子供のリクエストに応えるような余裕が生まれました。

何事も余白は重要!

また副産物として、子供たちを共に買い出しに行ったり、共に作るようなこともあったり、

イベントのように楽しめることもありました。

家事の増加、一人でしようと思うから増えるんだとふと思い立ち、

自分のお皿は自分で洗おうというルールにしました。

正直、夏休みにお手伝いをしましょうなどと学校のお知らせであったとしてもなかなかしませんし、

しないことによって、やりなさいということを言うのが、私にとって負担です。

だから、お手伝いというよりは、自分のことは自分でできるようにということを中心に置くことで、

子供達もそれくらいならという気持ちになってくれたのか、これは習慣化しました。

意外と、子供たちは皿洗いが楽しいようで、これはかなりいい進歩だと思います。

たまに、お風呂を洗うようにいうと、二人とも遊び感覚でやることもあって、

これはこれで良かったと思います。

本当は自分も家族の一員だからという感覚で何かしら取り組んでくれるといいのですが、

多くを望むとこちらも大変ということで、まずはコツコツ。

自分ごとにして、習慣化

が良かったのかもしれません。

子供の生活面〜体動かしたり、ボードゲームしたり、共に何かをしよう作戦〜

子供達の生活面、体を動かさないこと、姿勢の悪さ、物事の偏り、

というようなことが気になっています。

だからこそ少しでもゲームやテレビから離れてほしいと思っています。

夏休みだと時間がありすぎて、ゲームにテレビに偏りすぎている、それをやめさせるに力が入ります。

これはやはり苦戦しました。やはりゲームやテレビには敵わない感じでしたし、

外も暑いので外で遊べというわけにもいかないので幾分かは見て見ぬ振りをしたりもしました。

ですが、私としては、できる範囲で外に連れ出すようにしたり、ボードゲームをしたりと共に何かを

するように努めました。それでも、私自身が興味あることを中心にやるようにしました。

でないと、イヤイヤだと結局憂鬱さが倍増するからです。

それと、暑いのだから仕方ないというようにある程度はしょうがないと許すことにしました。

そのデバイス時間はなるべく私がやりたいこと、例えば読書やお昼にあてて、

お互い自由にしてるよね、というような意識を持つようにしました。

その他にも1日のうち少しでも外に連れ出して、散歩したり、買い出しに付き合って

もらようにしました。例えば、ちょっと離れたとこまでかき氷食べに行こうとか、

何かしらの餌をぶら下げて行くようにしました。

自分がなるべく負担ならないようなことで、遠出することもしました。

市民プールに行ったり、私がみたかった文楽を見に行ったり、美術館に行ったりと、

自分も楽しみながらということを考えながら外に連れ出しました。

またボードゲームをしようと言いましたが、それはなかなかやってくれませんでした。

ジグソーパズルをやったりもしました。これは意外と時間も経つし自分も楽しめるので

いいのかもしれません。

子供達の成長

そんな自分のやったこともありながら、子供達の成長が見られた部分もありました。

例えば、子供たちに自分の分のお皿は洗うようにしたところ、

子供が一回お茶碗を割ってしまいました。

その理由として、納豆ご飯にしてて、納豆のネバネバで手が滑ってお皿が割れてしまったようです。

そのことを身をもって体験したことで、次からは気をつけようとか、納豆入れるとネバネバに

なって大変だとかそういうことも理解したようでした。

お茶碗は購入してそんなに時間が経ってないものだったので、

親としてはかなりショックでしたが、勉強代だと思って自分を納得させました。

毎年出る子供達の読書感想文の宿題。

結局これは親の宿題と言ってもいいのではというくらい大変な宿題なわけですが、、、

なんと今回は自分からやり始めました。これは本当に感動しました。5年生になって初めてです。

と言ってもやはりそのままだと枚数に到達してないとか、

内容としておかしいんじゃないかとかそういう部分もあったので

色々と対話をしながら仕上げていきました。

とはいえ自らやり出した部分は進歩だと思い嬉しく思いました。

最後に

1ヶ月振り返ってみると、私自身もいろんなことを、子供がいたからできたのかなと

思ってプラスにとらえるようにしています。

子供が見ている動画を一緒に見てたら、こんなことが好きなのかとか、

こういう部分が笑いのツボなのかとかわかったことは良かったのかなと思ったり。

(実際一日ゲームテレビ三昧のことで何度イライラさせられた分かりませんが)

子供を外に連れ出すプロジェクトとしていたから、いつもならいかないようなところや、

払わない資金を投資できたりしたような気がします。

憂鬱な面もありながら、やり切ったらこれはこれで良い面もあったのかなと思ったりしています。

そして、そのようなある意味制約がある中で、どれだけ自分を楽しませられるか、

どのように自分を楽させることができるかがキーポイントだと思います。

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