新しいバイトを始めて気がついたこと〜客観的な視点〜

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最近私は今までの働いていた場所を変えて新しい場所に変わりました。

そこでは、今までと同様に、繊細さを求められたり、スピードを求められたりする環境です。

さらには色々と覚えることもあって、私は日々混乱しています。

そんな日々を過ごしていきながら、私が気がついたことを書いてみようと思います。

これから、新しいシーズンに入り、色々と変化が起こると思います。

そのような方にも、何かしらのフックに慣れればいいなと思います。

私の混乱と焦り、そして体力の消耗

はじめにも書いたように、新しい職場に移動しました。

色々なものを作り上げていくような仕事です。

周りの方も丁寧に教えてくださり(以前の職場はどちらかというと職人的な感じで見て覚えろ

という感じでした)、以前よりも緊張感は少なくなりました。

ですが、何もかもが初めてなことだと、こんなにも混乱し、焦ってしまうのかと思います。

言われていることも、すぐに頭から抜けてしまうし、数も数えられなくなるというか、

何度も数え直したりしてしまうような状態です。本当に何もできなくなる感じです。

何をするにも、一つ一つ考えながら行わないといけないので、家に帰ると、数時間しか働いていないのに、

ぐったりとしています

年のせいにはしたくありませんが、やはり、20、30代とは大きく異なる色々な衰えを感じています。

家では、ある程度体に染み込んだことを繰り返し行なっているので、

何も考えずにというかスムーズにできることの方が多いです。

ですが場所が変われば、これほど何もできなくなると、本当に自分自身が何となく情けないというか、

申し訳ないというか、気持ち的に厳しいものがあります

また、自分自身がある程度の年齢になっているから、何かしらスムーズにできるようになることを

求められているような感覚にもなってしまいます。

大袈裟に言えば、自己の崩壊です。

バイアスに囚われている

数日このような日々を過ごし、ぐったりしている中で、私は自分がある種バイアスに囚われている

ということに気がつきました。

一つ目は自分の年齢、二つ目は自分はもっとできるという気持ち

この二つです。

年齢のバイアス

私は、「なぜか勝手に自分はある程度の年齢なんだから、何らかできるのが当たり前」というような気持ちに

さいなまれていました。ですが冷静に考えてみれば、年齢と何かができることは全く関係のないことです。

もちろん長く生きてきた分何かしらの経験が積み上がってはいます。

ですが、それがすぐに今の職場で生かされるかどうかもわからないし、

そもそも、今やっていることは、はじめて数日しか経っていないわけです。

できるまでは時間がかかるのは当然だということに、なぜだかその考えがすっぽりと抜け落ちていました。

自分はもっとできるという気持ち

私は、「なぜか勝手に自分はもっとできる」と思っていました。

何でもすらすらできるのだというようなはっきりとした強い自信があるのではないのです。

ただじっくりと考えてみると、自分になぜか過剰な期待を持っていたのだと気がつきました。

その私の中の自分への過剰な期待が、私自身を苦しめていたのだと思います。

最近読んでいる本で『エミールを読む 苫野一徳』の本にこのようなことが書かれていました。

不幸の本質は「欲望と能力のギャップ」にある

とあります。

私の過剰な期待は、ある種の欲望であり、それが今の段階の能力に追いついてない、

そのギャップがまさに今の私を不幸にしているのです。

そこからわかったすべきこと

だとすると、私がすべきことは

まずは現状の自分の状態をしっかりと把握する、理解する

次に、自分が今できることを、自分なりにしっかりとやっていくことしかない

のだという至ってシンプルそして当たり前なことに気がつきました。

ですがそれができない、忘れてしまうのです。

それと同時に、周りの人と自分を比較していることが問題な気がします。

これもはっきりと、競争しようとか比べてやろうとかそういう感じではなく

私は周りよりも自分の方ができないなと、どちらかというとネガティブな感じ、

かつ、いつもそのアンテナが出ている感じです。

なんだか思考が限定的というか、絞られているような感じです。

自分を客観的にみる必要性

以上のことから、私が足りていなかったのは、客観的に自分を見ることだったと思います。

作業のあれこれに目線が行きすぎていて、視座が狭くなっていたということだと思います。

もう少し自分を客観的に見ることをしたいと思います。それと同時に、視座が低くなっていることで、

他人と自分を比較しているのだと思うので、他人ではなく、自分自身にフォーカスしていこうと思います。

もう少し自分を客観的にみることができれば、そうした負のループから抜け出し、

もっとクリアな考えに辿り着けるかもしれません。

新人である自分が先輩に思うこと

客観的に考えていてわかったことがもう一つあります。

それは、今回のようなシチュエーション、新人が先輩から物事を教わるような時のことです。

わかりやすくするために、イメージしやすいように、私たちが普段何も考えずにやっている

歩くことを例に挙げてみます。

先輩の場合、何も考えず、何なら他のしながら歩ける

新人の場合、右足を前に出して、その時左手を出して、それを交互にして・・・といちいち考えなければ歩けない

こんなに差があるのではないかということです。イメージついてもらえたでしょうか?

そんな状態で、せっかく色々と教えてもらっていても、言葉はスイスイ抜けてしまうのです。

だからこそ、教える側の先輩もそのことを考慮する必要があるのではないかと思います。

その時にこんな状態にあるのだなと理解してもらっていれば、

もしかしたら相合がスムーズに何かしらうまくいくかもしれません。

ついでに言えば、このことで、子供たちのことも理解できたような気がします。

子供達にあれこれと言っても、覚えてなかったり、理解してもらえない。

でもそれは仕方のないことだというのを自分の身をもって理解できたように思います。

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