感情コントロールできる自分になる!第八弾『「まあいっか」で楽に生きる本 野本響子』

チャレンジ報告

感情プロジェクト(イライラや怒りに関する本を20冊読んで自分の血肉として

自分を改善しようという試み)の第8弾になります。

第7弾に続き、海外在住日本人の方の目線から、

書かれた本を参考に感情コントロールに役立ちそうな視点、

新たな考えなどが得られるのではないかと思い、本を選んでいます。

今回の本は

『「まあいっか」で楽に生きる本 野本響子』

https://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E5%BC%8F-%E3%80%8C%E3%81%BE%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%8B%E3%80%8D%E3%81%A7%E6%A5%BD%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E6%9C%AC-%E9%87%8E%E6%9C%AC-%E9%9F%BF%E5%AD%90/dp/416391658X

今回のキーワード

・人生を楽しもう
・mind your own bussiness自分のことに集中せよ
・ほとんどのことは運

 

興味深かったのは、以前この感情プロジェクトで取り上げた、

「怒らないこと アルボムッレ・スマナサーラ」の仏教のお話と通ずるものがあると感じました。

もしかすると、今までの感情コントロールプロジェクトをマスターすれば

「まあいいか」と楽に生きれるのかもしれないと、明るい気持ちになりました。

具体的に見ていこうと思います。

・人生を楽しもう

この著書の中で

マレーシアの方は「人生を楽しもう」というマインドの方が多く、

実際に小学校の行事では親の方が楽しそうであり、「親が楽しまなくてどうする」

と何度も言われた

と書かれてありました。

私自身、「人生を楽しもう」と分かっている、思っているつもりです。

ですが、

知らぬ間に力んでいる自分がいる

楽しんでいるより必死になっている事が多い

ように思います。

自分が生きていた節目、節目を思い出すと、ずっと必死にくらいついていかなければならない

シチュエーションが多かったように思います。

学生時代は勉強に部活動に必死になり、社会人になれば仕事をすることに必死になり、

母親になれば、子育てに必死になりとなっていたように思います。

だから

”楽しむ”ということは、あえてやる=doingなもの

になっていたように思います。

そしてどこか”楽しむ”は特別なものという認識になっていて、

通常の生活ではあまり”楽しみ”ことが良しとなってないような感覚がありました。

本の印象ではマレーシアの方々というのはあえて、

楽しさを追い求めているのではなく、

その状態になっている=beingなマインドで日々のことを行っている

日々を楽しんでいるから、幸せ度も高いのではないのでしょうか。

そして、そのように幸せ度が高いから、感情をあえてコントロールしなくても、

日頃からの気持ちがニュートラル=平常心であることが多い環境なのかもしれません。

・mind your own bussiness自分のことに集中せよ

野本響子さんも著書で「何度この言葉を聞いたでしょう」と書かれていました。

それくらい、マレーシアの人々が日々思っている大切な事なのだと思います。

 

国の違いが感情にも影響している?

マレーシアは、多民族国家であり、いろんな宗教を信じている方がいて、

日本のように単一民族国家、宗教観もマレーシアとは全く異なる環境です。

ですから、マレーシアは日本のように、

これが常識というような共通なルールや考え方を持つ事が不可能な環境だと思います。

だから

お互いを「理解できない」ことを知っていて、「口出しをしたり、干渉したりしない」という考え方が

生活に密着しており、身近なのかもしれません。

日本では、ここ数年で「多様性」等という言葉を耳にするようになってきました。

ですが本当の意味で理解できているのかと言われると、まだまだなのかなと思ったりもします。

多様な事よりも、単一である事、同じである事に注力してきているので、なかなか難しいのかもしれません。

もちろん、いろんなことが「多様である」ことには、間違いないのだけども、マレーシアほどわかりやすい

違いを見る事がないので、どうしても「同じである」という感覚を持ちやすいのかなと思います。

 

私にとって子育てが多様性を理解させる?!

子育てをしていると、時々私も子ども時代を過ごしてきたはずなのに、全くの宇宙人だと感じる事があります。

私とは「全く違う」という感覚です。だからこそ、いろんなことに戸惑いいら立ちするのですが、

このような経験が、私に「多様性」を少しず本当の意味で理解させてくれているのかもしれないと思いました。

そう思うと、ありがたいことなのだと思います。

 

感情コントロールの修行を生活の中で行っているマレーシア?!

「自分のことに集中せよ」=自分のできる事を一生懸命にしなさい

ということになると思います。

この言葉思い返すと、第8回までやってきた感情プロジェクトの中で

幾度となく出てきた言葉でした。

感情コントロールをまとめると

「自分を客観的に見て、そこからできる事をする」

というようなことだったと思います。

それを踏まえて、マレーシアの人々の生活環境を見てみると、

マレーシアの人々は、感情コントロールをするということを意識的に行っていなくても、

生活の中で学び、そして実践しているのだと感じました。

国全体がそのような環境にあるということなのかなと思います。

だとすれば、私ができる事は、自分とは異なると感じる環境に行ってみたり、

その中でいろんなことを体験する事なのかなと思います。

 

・ほとんどのことは運

ほとんどのことは運=「思い通りにならない事の方が当たり前で、上手くいくのは運だ」

というようなことなのかなと思います。

マレーシアの人々はそのように考えている人々が多いようです。

不確実なことに慣れている、そしてそれが当たり前のようです。

マレーシアではインフラや学校行事などなど、いろんなことが急に止まったり、

なくなったりということが当たり前。

一方日本では、常に正常が当たり前、予定も予定ではなく確定が当たり前、という日々に慣れている。

まとめると

マレーシア=不確実なことに慣れている、日本=確実なことに慣れている

ということになると思います。だから、感じ方も変わってくるのだと思います。

例えば、日本なら「どうして常識がなってないのか!」と怒り出したり。

でも「怒らないこと アルボムッレ・スマナサーラ」にも書かれていましたが、

「自分の思い通りにならないことが世の常」なのです。

それが、通常であるのなら、その事に執着したり、怒ったりするよりも、

思い通りにならないことは「まあいいか」と受け流す事が

楽に生きれる。

そういうことだと思います。

子育てを通して得た「まあいいか」の効用

私自身、子どもが生まれてからというものとくに「思い通りにならない」と思うことが山ほどあり、

そのたびに怒りに飲み込まれてきました。

でもある時、その限界を超え、「まあいいか、仕方がない」と諦めた途端に

楽になったこともしばしばありました。

そして、今でも「思い通りにならない」と怒り狂うこともありますが、

怒りの限界に到達する前に「まあいいか」と思うことができるよう

になってきたように思います。

このように、日々の生活で「思い通りにならないことばかりだ」と理解出来れば、

少しずつ自分にも変化が生まれてくるのかなと思ってきました。

 

色々と思ったことをつらつら

今回、日本と他の国を、日本人の目線で見てみると、面白いことがたくさん発見できたように思います。

なので私の中でいろんなことを思ったので書いてみようと思います。

 

・日本とは異なる考え方がたくさんあるということ

・日本という国に怒りを引き起こしやすい元がたくさんある(仮説)

・日本には感情コントロールする練習が足りていない、

 もしくはそれを練習する環境が少ない(島国等という地理上)のではないか(仮説)

・感情コントロールには、仏教と通じるものがたくさんあると感じた

・日本の古典などには。「もののあわれ」「諸行無常」などなど

「不確実に関する感度」のようなものが備わっているようなのに、

その感度が減っているように感じるが、なぜか。

 

といろんな仮説、疑問もわいてきました。

そのあたりも深堀できれば新しい見方が出来るのかもしれないと思いました。

 

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